LIGHT KIREIRA 体験談


角田明さん
今回は神奈川県茅ヶ崎市立緑が浜小学校の元校長、角田明(つのだあきら)氏のインタビューを掲載します。角田さんは2004年の3月に退職され、現在は全国各地で講演活動をされています。このページの最後に角田さんのプロフィールを掲載していますので、ぜひお読みになってください。
なお、このインタビューは2001年8月に収録されたものです。

一例ではありますが、ライトキレイラ(中性波動装置)を設置することによってどんなことが起きたのか、参考にしていただけたら幸いです。

光の饗宴に集う子供たち

暮らしの中に実用化され始めているライトキレイラ(光中性波動装置)は、まったく新しいエネルギー、人の自然な生体機能の回復を促進させる環境改善機器だ。信じられないことに、保守的と思われてきた公教育の場にこれをなにげなく置いている学校がある。茅ヶ崎市立緑が浜小学校。平成13年4月に開校して以来、開かれた学校を基本方針として地域とのつながりを持とうとする。この学校のシンボルとも言えるのは、子供たちの要望により作られた「ガラス張りの校長室」だ。新時代の先駆けとなる光と溶けあう空間とはどんな所か。今回は、ライトキレイラの設置されているこの部屋に角田明校長を訪ね、発明者の本田恵右氏を交え、インタビューに応えてもらった。


ユニークな校長先生の学校経営

 Q.まず校長先生の基本方針についてお伺いします。

学校経営とか教育を創るということについて、巷には専門家にしか伝わらない言葉が氾濫しているんですが、私は根本的に「自然体」だと思っています。
今日も「公文式」の方々が午前中からここに見えています。次の方が来られても一緒にいても構いませんよというのが、私の「自然体」の姿勢です。公的な立場にある者が「公文」という私的なものと関わるということですが、まずこういう校長はいないんですね。「公文」から頼まれれば、名古屋で800人を前に講演します。先方は8割方無理だと思っているんです。だから「いいですよ」とこちらが言うとビックリされます。それだけ公的な学校は意識の中に閉ざされています。
「誰か手が空いていたら、公文の方たちが帰るからタクシーを呼んであげて」と言うと「はい」と応じてくれる。そういう人間関係をつくっていかないといけません。開校以来、2年と1学期が過ぎますが、校長と職員とがトラブったことは一度もありません。「まず私のいうことをやってみて地域から苦情が来たら文句を言いなさい。子供も親も納得しないときは言いなさい、そうでなければ私のところに言ってきてはいけない」こう言っています。
経営者がやることは、末端を育てることよりも大人を育てることが先。「担任の先生に苦情があったら、直接彼らには言わないでください。教師というのは非常にナイーブで、ダメージが大きい。親に言われたことで、自分の教育はダメだと思ってしまうから、私に言っていただければ私が責任をもって対処します」そういうことですと父兄は「全面的に責任をとっていただければ私たちは安心してできます」と言ってくれます。



校長室の同じ場所に、毎日ペットボトルの「水」が集まるわけ

 Q.校長先生とライトキレイラの出会いについてですが、ライトキレイラがここに来て、どんなことが起こったかをお聞かせください。

これを設置したとき、自分の精神を安定させるにはいいだろうと思い、自分のために置くことにしました。
また、電源ユニットにコンピューターを接続することで、電磁波の影響を避けられるというのですが、実際にやってみるとまったく眼が疲れないという結果でした。以前、市の教育委員会に勤めていたときは、3日もすれば眼が真っ赤になり、翌日血のかたまりのようなものができて、その度に目薬をさしてしばらく作業を休むということの繰り返しだったんですが、ここに来てからそれが一度もありません。それを先生たちはうすうす感じ始めています。あれは私の水じゃないんです。先生たちの水なんです(ライトキレイラの横に置かれている水を指して)。



 Q.ここにいつもペットボトルの水が置かれているんですか?

「もっとたくさんの水がある時はあるよね?」(ちょうど部屋に入ってきた職員に話しかける)なんで校長先生が元気なのかを聞いてきた人だけには答えることにしています。私が生きた見本でしょうから。このキレイラ水を飲んでいますから身体はどこも悪くありません。いつも元気で、いつもニコニコしていて・・・小川さん、先生方とトラブったこともないよね?
窓を開けてこの校長室に子供が来るんです。「頭が痛い」と言うから「頭がわるいんでしょうよ」と言うと
「頭わるくない」と子供。
「頭わるければこの水飲むと治るんだけどな」と言うと、「頭わるい」というから「それでは魔法の水をあげあしょう」となります(笑)



熱帯魚の生態にも影響?

ここに熱帯魚を飼ったんですが、専門家の人が熱帯魚は直射日光には弱いというので向こうに持っていったんです。グッピーというのは産み落としたら全部子供を食べてしまうんです。34匹も産みますが、その中で淘汰され、1〜2匹残ればいいほうなんです。水槽内のグッピーは絶対に増えないんです。
ところがこのキレイラの水だとグッピーが子供を食べないんですよ。うようよ増えるんです。ですので学級中に分けてました。
「ここ変」と子供も言います。熱帯魚が死なないんです。親御さんで熱帯魚を飼っている父兄から「直射日光に当てるのはやめてもらえないか」と言われたので、普段はカーテンを下ろすんですが、土日には開けておくと、めいっぱい日光が当たります。でも死なないです。観葉植物を買ってきてもらいここに置いておくと、どんどん生育します。校長室の外を通る人はあいさつしてゆきますから、私の顔が窓越しに見える程度の背丈の植物を買ってくれるように頼んでいます。100〜200円の小さなものを買ってきてもらいました。そしたら、あんなに大きくなったんです。


 グッピーの共食いがなくなることといい、本当に不思議ですね。

本田先生のお宅(治療院)に行っても感じるんですけど、異常に落ち着くんですね。完璧に枯れてしまったこの植木鉢にしても、見事に蘇りました。トシコさん(職員)に買ってきてもらった時から、こんなに大きくなってしまった。違う鉢に植え替えないといけないほどに成長してしまったんですから。
子供たちが1日のうちに3回ここに来ます。10時半、1時20分、3時半と子供がここに来てサロンになります。お友達と待ち合わせしたり、本を読んでくれたり、ママと待ち合わせしたりします。寝転がったりもします。


 居心地がいいんでしょうね。やはりここは別の場所にはないものがあると?

風邪が蔓延して学級閉鎖をしなければいけないときがありました。保健室に10リットルのタンクを置いて、それにライトキレイラでつくった水を入れて、子供たちがうがいをしたんです。
「校長先生の魔法の水」と言っていました。実質彼らが何かを感じてどうのということはなかったでしょうが、グーッと症状がひきました。「おー、効いたねー」と私は言っていたんですが、それからは先生方が朝持ってきたペットボトルの水をその装置の横に置いておき、お家にその水を持って帰るようになったんです。



万能薬のような水

 お嬢さんの肌に効き目があったという佐藤さんの例をお話ししていただけますか?

「校長先生が傷にいいよとおっしゃったので、ニキビが出てきたところにキレイラ水をしみ込ませたガーゼを貼ってみたら、マキロンと同じような効用があったようです。他にも貼ってらっしゃるお嬢さんもあります。赤い炎症が治まるんですね」(佐藤さん談)
野外活動、特にキャンプでブヨに刺されたときもこれをつけて、てきめんに治りました。火傷には本当によく効きますね。子供2人が鉄の棒を触ってしまったんですが、この水を霧吹きでかけると1時間もかからないうちにすっかり良くなってしまいました。こうして常に「3点セット」を持ち歩いているんですよ。(霧吹き・オイル・目薬)
まず噴霧器の中の水ですが、ダニにやられた時におでこにつけました。痒みが取れてすっきりします。蚊に刺されたときにも効きます。それからこちらはオイルにライトキレイラをかけたものです。唇の荒れがとれました。目薬は花粉症にもいいですし、疲れ目にもいいです。



給食の食べ残しがなくなった

電機製品を使わずに沸かしたお茶をこのライトキレイラの横に置くのがよいと聞いていますが、その意味ではアイスコーヒーは非常に好評ですね。
この前6年生が担任の先生と喧嘩してここに来て「絶対殺してやる」と言うので、
「おまえ○○先生殺すのか?」と聞くと、
「だってムカつくよ」と生徒。
「それじゃ鎮静剤飲ませましょう。これを飲むと担任の先生を殺したくなくなるから」
「飲んでも殺してやる」
「正直に、この水がどんな味かちょっと味わってくれる?」
「何の味もないよ」生徒は言いました。「でもこれって水道の水じゃないよね?谷川の水?」
「谷川の水って分かんのかよ〜?」と聞くと、
「冷やして飲んだらおいしいだろうね」とその子は言いましたよ。
いつでも誰でも入ってくる、ここはオープンなスペースなんです。光がガラスでも何でも抜けてくるようにですね。職員室でもどこでもいい雰囲気ですよ、うちの学校は。生徒はみんな働き者です。担当の先生が声をかけると生徒が動いてくれます。


 給食の残飯が出なくなったと聞いているんですが、ライトキレイラとの関連性はどうですか?

もし根拠がそこにあるとすると、子供たちの落ち着きと明るさ、自然体が関係しているでしょう。給食の容器が空っぽになってしまうのが半数以上のクラス。トラブルが減り、情緒が安定してくると、動けるようになるからお腹が空くんでしょう。開校当初とは比べものにならないくらい残飯は減りましたし、先生がたも前の学校よりもずっと少ないと言っていますからね。
目に見えない何かは証明できませんが、私の長男の嫁さんも私の長女も、同じ時期に妊娠して同じ時期にお産をしています。1ヶ月しか変わらないんです、内孫と外孫と。その孫たちは胎内にいる時からこの水で育っているんです。お母さんが飲んでいますから。女房が3人育てているから分かるんですが、明らかに肌が違うし、オムツかぶれが全くない。以前はシッカロールが欠かせなかったのに、2人ともつけたことがない。水ですよ。何がいちばん違うのかというと、野菜は何でも食べる。あったとしても肉は食べない。インゲン・白菜・キャベツ。肉は豚のバラと鶏の唐揚げ。ニンジンとピーマン。本田先生の所に針治療に行くけれど、静か。あの水は他の人々にも飲むよう、真剣に勧めたいですね。
私の同僚で痛風の人がいたんですが、本田先生に水を飲むと大丈夫だよと言われたので、それを伝えました。彼は私を信じていますので、その水を飲み始めたら、500m歩けなかったのに5年生のキャンプに行って山登りしてきました。彼は1週間に1回、ここに水をもらいに来ます。私は「水商売」と言っているんですが(笑)もう1人の教頭さんは元々の持病は胃痛で常備薬を持っていた人です。水を飲み始めて1年以上ですが、胃の薬が手放せたと言うんです。奥さんもビックリしていました。2リットルの瓶をそこに置いていて、車の助手席に乗せています。



その水を飲んでからの変化

 Q.校長先生ご自身はその水を飲み始めて、どのような変化を感じていますか?

おしっこの残尿感があった時期がありましたが、この水を飲み始めてからはトイレが早いです。たまっていた尿がザーッと出ますから。最近はまったく残尿感がないですね。どこでも校長というのはだいたい55〜56歳です。尿の切れがわるくなる年齢です。私の場合トイレに行ったらサッと出るので優越感があります。それに胃のもたれがない。お酒を飲むんですが、一番安い焼酎の5リットル瓶を買い、1時間あの光に置いておきます。毎日焼酎とお湯を2:3の割合で3杯飲むんです。野菜をもらって食べて、それで晩酌は終わりです。6時に晩ご飯を食べ終わり、8時まで新聞を読んだり本を読んだりして寝ます。朝は3時半に起きます。夜寝る前にそれだけ焼酎と緑茶をたっぷり飲んで、3時10分か15分に目が覚めて、トイレに行ってモタモタしていると3時半の目覚まし時計が鳴ります。
あそこにお茶があります。毎日2本女房に作ってもらって持ってきています。これは確実に飲み終わってから帰る。それは私の勤めだと思っています。胃の調子も何ともなくなったし、私は腕輪をしていますがライトキレイラの光が鉱物と共鳴して増幅する。それが身体に影響します。
私が最も変わったのが精神的に落ち着いたことです。自分に問いかけをした時、自分に自信がついてきた。定年間際になって入院してしまう方は多いですが、学校経営をやっていてもクヨクヨすることはないです。出張にこの水は欠かせません。出先で飲む他の水は、かえって喉を渇かせるほどです。遠くに講演に行くときでも、本田先生が作ってくださった小型のキレイラがありますから、電池を入れて、新幹線で使い、ホテルでスイッチを入れて、ペットボトルを置いて水を作って・・・。器という器に水を入れて光を当て並べます。この水で割り、さらに光を当てた焼酎を飲んでも、朝がまったく何ともないんですね。アルコールが入っているという感じがないです。女房が言いますが、以前は外で飲んで帰ってきた時はアルコールの匂いがしたそうです。今は何も匂わないと言われます。私は熊本ですから、とてもいい焼酎が郷里から送られています。それは人にあげてしまい、私は安い焼酎を飲んでいますが、そんなものでもこの光に当てて飲めば充分です。


(本田さん)私がいちばん願ったのは、先生と生徒の関係の基礎として、校長先生が明るく元気であってほしいということでした。体調がよくなかった校長先生の体を整え、何とか本来の持ち味を出して欲しいと思ったのが始まりでしたね。明るく元気というのが根底にないと物事が生きて進まないと思うのですが、その点でこの装置が少しでも助けになれたらと、そう思ったわけです。

ええ、あの頃は大変でしたから。東海大学病院で血圧計が測定不能と出ました。220/126です。お医者さんに「このまま帰りますか?」と聞かれたくらいで。帰ってすぐ入院の手続きをしてください、危ないですからと言うんですよ。それが5年前。その後すぐ、近くに教員時代の教え子の医者から、これはいけないというので投薬することになりました。一時は薬漬けになっていましたよ。血圧があるところまで下がって下がらない。また薬が変わる。140まで下がるが、また上がる。薬が変わる。患者として不安になりますよね。こんな状態で薬を飲み続けるのかと思いました。1月末から花粉症の薬も飲み、自分がまいっていました。60歳までもつかなというところでした。そんな時長男から紹介されて「騙されたつもりで行け」と言われて行ったのが本田先生の治療院です。長男が親しくしている、障害者の作業所の施設長との縁でした。半信半疑でしたが、息子が結婚する年「孫を抱けなかったらどうするんだよ」と言われて決心しました。3年前の9月2日のことです。光と水とによって私の身体は変わりました。
本田先生との出会いによって薬にはだんだんと頼らなくなりましたが、それに伴い血圧も変化してゆきました。上が200もあった血圧が160・・140・・130と下がってゆき、下は120だったのが97〜100・・80までになりました。


  劇的な変化といえますね?

信じていこうと思った瞬間から薬を全部捨てたんです。スパッと9月1日からやめました。女房は心配しましたが、私は一端こうと決めたらそれでいく主義ですからね。風邪もひかなくなりました。もともと持病で30分はいい声が出るんですが、2時間もしゃべっていると次の日が大変だったんです。今は講演しても声がつぶれない。あんなにひどかった喉が治った。鍼の効果ももちろんありますが、水を飲み続けたからこそよくなったと思っています。私が急激に変わってゆくもんですから、女房が「私も行こう!」ということになりました。
今ではすっかり元気です。例えば私のスケジュールはこんなもんです。名古屋で6〜7時に講演して、7〜9時に懇談会。ホテルに帰り10時半。それからシャワーを浴びて寝る。翌日午前10時、講演して正午に終わり、急いで昼飯をとり、2時半に豊橋に戻り、5時まで研究会。懇談会に出て8時過ぎに豊橋駅を出る。それでも翌日疲れが残らないんですよ。声も以前と違ってかすれません。
前は職業病とあきらめていて、夕方になると痛くて痛くてトローチをなめたりしていたんですがね。今では一切、薬は飲んでません。



当たり前であることとオープンであること

 (本田氏)健康であるのが当たり前じゃないですか。これは、ごく普通のことが当たり前にできることを目指す角田校長の教育論にも、もしかしたら当てはまるかも知れませんね。

そうですね。私も教育者の端くれとして考えれば、正常とか自然とか健康とかであれば、何でもできちゃうと思います。正常が異常になり、健康が不健康になって、自然が不自然になれば、どんないい教育を施しても入ってゆかないでしょう。人間関係が不自然、先生方が不健康。そしたら子供に教育なんかできませんよね。すると源はやはり健康ですね。
校長がいつもバイタリティがあって、私が朝早く扉を開けて仕事してますと、1年目はみんな黙って通っていきます。2年目は少し会釈をする先生がいて、今はみんな「おはようございま〜す」と言いながら通り過ぎていきます。立ち止まって丁寧にあいさつしていく人も4〜5名いますね。黙って通る人は誰もいません。


 校舎自体がきれいとか、茅ヶ崎自体が何となく太陽の光が強いというイメージはあるのでしょうが、この学校に来ていちばん感じたのは、暗さがみじんもないということです。

例えば「暗さ」というのは「隠すこと」ですよね。外から電話がかかってくる。「校長先生はおられますか?」と言われて、学校側が周りの人に「校長はどこ?」と尋ねる。すると「あ、そう。いないの?」なんて電話口から聞こえる。それから「校長はおりません」なんてやっているようじゃ、居留守を使っていると思われてもしょうがないですよね。相手は文句(苦情)を言いたくて電話してきているわけですから。
そこで私はいつも出張先を先生方と職員全員に知らせ「校長は講演で出張していますが、自宅に連絡しておきましょうか?」という具合に応対するように言っています。すると先方も恐縮して「結構です」と言いますから、相手の連絡先を伺い、翌朝校長の机の上にメモを置いておくことを約束することになります。


 一流企業の電話オペレーターでも、そこまではできていないんでしょうか(笑)

こんなにきちっと応対してくれる学校は珍しいでしょう。いつも褒められます。だいたいこうした企業並みの外部との応対は、なかなか従来の学校ではできていませんでした。
私は教員のみなさんに対して、誇りをもってほしいといつも言っているんです。どこに出ても恥ずかしくない校長であるように私も努めるから、みなさんにもプライドを持ってほしいと。自信があると、自然に応対の口調も丁寧になってくるもんです。隠し事は一切ない。
この学校は、造りからしてオープンです。開放教室です。3歳児以下の子を預かる子育て支援センターというのもやっていて、生徒が面倒をみたりしています。おじいちゃん、おばあちゃんがここに集まり、囲碁を楽しむなど、めいめい好きなことをします。世代間の交流があり、地域との結びつきが強いのも、門戸を開いているからこそです。私が見た広島のある小学校などは、1日に3度も市の教育委員会が見回りをし、厳重に門戸を閉ざしていましたね。私は「門を閉めたら子供を守れるというのか?教員は体をはって生徒を守れ」と言っています。


 なるほど。ところで、乱暴な生徒がライトキレイラによって変わったという話を聞いておりますが?

前任校で特殊学級にいた子がいました。絵を描くのが大好きで「これが描きたい!」となったら半年でも描き続け、完成した版画を校長先生にといって贈ってくれます。(廊下に飾られている見事な版画を見せてもらう)あの光にはそういうすぐれた面もあるんです。
うちの学校には、児童養護学校から「親から虐待を受けるなどで心の傷を負った情緒障害児」の受け入れをやっています。現在は51名ですが、年々多くなっています。その中の1人ですけど、こんな子もいます。
「ここはいいねぇ」その子はこの部屋にやって来ては、くつろいで素っ裸になるんです。
「やめてくれる?T君のチンチン見たくない」
「じゃあ、チンチン見なきゃいいじゃん?」
「女の先生が来るよ」と言うと「だあれ?」とその子が尋ねるので、先生の名前を言うと、
「それなら大丈夫!」とT君。
今度は若い女の先生の名前を言うと、
「じゃあパンツ履こう」こんな具合ですね(笑)
ここにたむろする子は施設の子です。感性が鋭いのでしょうか。この部屋の居心地の良さを知っているのでしょうか。今後私がいなくなって、このライトキレイラもなくなれば、実際どうなのかが分かると思います。


 (本田氏)いや、おそらく2年くらいはこの空間がライトキレイラの波動を記憶していることでしょうから、その効力は続くと思います。やはり校長先生がこの姿勢でいてくれるということが、「光」なのだと思うんですよね。本当はどんな企業であれ、豊かさとか光を求めているんじゃないか。角田校長はその体現者である気がするんですよ。そういう意味で僕は治療師ですから、元気になってもらうことが喜びなので、角田先生にはもっと元気になってもらい、さらに講演もやってもらって「化け物じゃないか」と思われるくらいに活躍してほしいですね。今回校長先生にお会いして、ジワジワとこの真実が周りにも伝わってゆくんじゃないか、そういう確信を強めました。

  ご協力、ありがとうございました。

イヤシロチ青山にて

角田明(つのだあきら)氏

神奈川県茅ヶ崎市立緑が浜小学校元校長。1944年熊本県生まれ。神奈川大学貿易科を経て、68年同大学外国語科を卒業。同年、明徳学園相洋高校、71年藤沢市立藤ヶ丘中学校に勤務。77年より茅ヶ崎市立松林中学校、88年茅ヶ崎市立教育委員会指導主事、91年同市教育委員会研究所長、92年同市立浜須賀中学校教頭、93年同市教育委員会指導課長、96年同市浜須賀小学校校長、98年同市教育委員会指導担当参事を経て、2001年より茅ヶ崎市立緑が浜小学校長を勤める。また、教師の自主研修組織「響きの会」を立ち上げ9年目になる。2004年3月退職。現在全国各地で講演活動を展開。著書に「あせらない あわてない あきらめない(教育出版)」がある。

角田明オフィシャルサイト http://tsunoda.web.infoseek.co.jp/